作為や計算が見当たらぬ素人動画の魅力

作為や計算が見当たらぬ素人動画の魅力

素人動画に登場する女性は当然、撮影者のパートナーの素人であるケースが殆どであり、そこで繰り広げられる性的な行為やパフォーマンスもまた、いずれも計算され尽くしていない、スッピンの卑猥な一挙一動に他なりません。
たとえば女性が自分のオナニーシーンを自撮りした場合、そこに監督からの「ここをこんなふうにやって」的な指示は見当りません。
あくまで自分が覚えたやり方をお披露目するその仕草は、観ている側への配慮が二の次だからこそのエロさに満ち溢れていて当然です。
あるいは男性とセックスにせよ、自分達のルーティンやお気に入りのプレイが、随所にぎこちなく登場する、ある種ストーリー無視の展開が刺激的です。
一定数のアダルト動画をランダムに観続ければ、根底に流れるお決まりのパターンからのフィニッシュが、半ばお約束的に織り込まれていますが、素人動画にそうした「縛り」「決め事」は必ずしも見当たりません。
男と女がヤリたいからヤッてる感が、粗雑なカメラワークと画像から滲み出る不思議な迫力、これもまた素人動画が私達の目と意識を惹きつける大きな要因なのです。